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2007-12-20

手術の説明

主治医から手術の説明を受ける。
親父を呼んでおいた。今回は妹は呼んでいない。

今までの経緯の説明から症状、原因、手法、リスク、情勢などなど多岐に渡り説明と了承の繰り返し。
実際の参考写真などを見せられる。脊髄や神経の束の実写真。ほんとにスパゲッティーみてーだった。うげー。
糖尿の気があるので感染症のリスク。
糖尿病の怖さ。
失敗した場合には、下半身不随。
手術中に容体が変わった際に輸血する可能性と手術箇所の変更があるなど。
最悪の状況ばかり並べてきた。
正直相当気持ちは落ち込んだ。
あくまで最悪時の状況を説明してくれたのだが、もしかしたらこの後の人生、車椅子生活になるかと思ったほどだ。
首もあるので下手すれば首からしたが麻痺する可能性もないとも言えない。
圧迫している部位を除去するのだが圧迫が無くなっても元に戻る保証はない。

また、以前にも聞いたのだがこれはどうすれば治るのかと。
答えは、「治らない」だった。
数年前までは難病指定されていたが症状によって認定が変わるらしい。
正直「治らない」と言われたとき、頭は真っ白だった。
この病名は、「脊柱管狭窄症」「後縦靭帯骨化症」というものである。
1カ所ならいいのだが背骨全部なので今後どこが骨化するかわからない。
これはもう一生付き合う病気だそうだ。主治医にこれから長いつきあいになると思いますと。


説明も終わり病室に戻って親父と話した。
言ってることは大げさに言ってるだろうと。
まあ、この手に関しては親父の方がさんざ聞かされてきた経緯がある。
母親は心臓病で大きな手術をして余命10年と言われてきた。その後再度手術をするが余病により結局亡くなったが。手術内容などの説明を今回以上に聞かされてのだと思う。
その時はまだ幼かった私にはわからないが。

無理に励ますことなく一言

「なるようにしかならない」

と親父は言った。
その言葉で正直、楽になった。
そうなるではなく、どうなるかわからないが、なるようにしかならないのである。
別に下半身不随でも車椅子で生活すればいいじゃねーか。と思った。

と話てる最中に看護師がきて血糖値測りに来た。
「どうしたの?」と聞かれたw
手術の説明で脅された旨を言ったw

その後、親父は

「まぁ泣くなら俺が帰った後で泣いてくれよ」
って笑って言って帰って行った。

まぁさっきまでなら多分泣いてたろうな。
だが、今はどうにでもなれやと思った。

手術まで後、5日....

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