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12月, 2007の投稿を表示しています

リハビリ開始

病院の年末最終日だがリハビリが始まった。 まだ、抜糸してないのなぁ。 杖による歩行練習をして歩行器から脱却する為だ。 足のマッサージから筋力が落ちてるのでバランスボール使って足を動かすなどちょっと軽い運動があった。 ただ、まだふらふらするけどなんか回復してる感じ。 で、次回は年明けとなるのでそれまで病室で筋トレすることになった。

コルセットくる

朝から、コルセットを持って主治医がやってきた。 起きてるときだけ付けて、寝るときは外していいと言われた。 んー、付けてるほうが安心だ。安定する。 これで少しは動いていいと言われた。 だいぶ落ち着いてきた。背中の管も今日外れる。 消毒しに来た時に一緒に外された。 なんか開放感あり。これで架せが完全に外れる。 翌日くらいから会社の連中が来ることになった。見舞いじゃなくて仕事の打合せ。

手術翌日

座薬をもう1回入れてもらったが朝方まで痛かった。 だが、だいぶ痛みが引いた。 そこへ朝早くから主治医が来た。 で、いきなり、ガンダムの足を外して 主治医「立ってみて」 俺「へ?」 主治医「大丈夫、動かしても平気だから」 俺「そうなの?」 しかし、手術しているわけで、背中の筋肉とか切ってなくても剝がしてるわけで。 動かしたらすげー違和感あり。 なんか上半身の重みが背中にくる。 横になりながら腕で体を起こして、ベッドに座り、歩行器に掴まりながら立った。 ん?しびれが少しない。背中はきついが。 主治医「歩いてみて」 ん、歩ける。体にいろいろ付いてますがね。 ちょっと歩いてベッドに戻る。 しかし、手術後すぐに歩かせるんだ。と、このときはびっくりした。 後は、午前中で尿道の管は外せるというのと昼から飯食っていいとなった。 やったー。飯食える。 その後、尿道の管を外す。これがまたなんとも言えない苦しさ。 力抜いて、一気に抜く。あー、やだ。 だが、どうも左脇が痛い。 腎臓?管を奥まで差しすぎじゃねーかな。 だが、これで自分でトイレいける。と思ったら。できるだけ、尿器使ってねぇだってさ。 やなこったい。 昼飯は食えるぅ。 で、食べるのにベッドを起こして。電動ベッドなのねこれ。 造影剤検査の時よりマシだ。体起こせるから余裕で食える。 手術痕に消毒、状態を確認。 まだ、切り口から管が出ている。内出血している血液を出してるようだ。 これはまだ外せない。 トイレに行くとき一緒にもってくことになる。

手術当日

手術は12時から。午前中にも手術をしているらしい。 朝から点滴。 麻酔医師が来て説明される。 手術助手の看護師が来て説明される。 手術が終わったら声を掛けて起こしてくれると言ってた。 11時くらいに親父と妹がくる。 ふんどし履いてw、手術着に着替える。 キツキツのタイツを履く。ほんときつくて履くの大変。 ちょっと遅れて、ストレッチャーを持って看護師さんが登場。 それに乗って手術室まで。これって以外と嫌ね。天井しか見えないから。 手術室の前室で承諾のサインをさせられ、親父と妹と別れる。 手術台に載せられる前に点滴の管から多分麻酔薬なのか入れられる。 そして、マスクが近づくと息がちょっとできなくなって力が抜け意識が飛ぶ。 。。。。 1時間半くらいかなぁ。 周りがガヤガヤ、ガラガラ、ガチャガチャ。 うっすら目が開く。 親父が覗き込んでた。 「終わったぞ」 と言われた。と同時にいろいろ違和感を感じる。 病室に戻ってる最中だった。 だんだん意識がはっきりしてきた。 終わったんだぁ。 で、病室のベッドに数人の看護師に下にひいてあったバスタオルごと移される。 バスタオルが2枚いるってこのことか。とその時思った。 冷静に自分の体に起こっていることを一つ一つ確認していく。 まず、酸素マスクしてる。口の中がおかしい。挿管されてたのでそのせいだ。 まだ、なんか自分で息してない感じ。 体は動く。 点滴付いてる。 手術した背中からなんか出てる。 チューブだ。しかも赤い。血だ。その先に袋があって看護師が見てる。 下に行って股間に違和感が。尿管に管が入ってる。マジでぇ。 あー、なんか嫌。管から垂れ流しか。 足が圧迫されたり開放されたり、なんか機械ついてる。 妹が「足がガンダム」みたい。 たわけー。 なにそれ、ねー、なにそれ。何付いてるの? 空気の圧力で圧迫したり開放したりを繰り返している。 血が足に溜まって固まらないようにだそうだ。 まるでギプスはめてるみたいだった。 シュコー、プシューを繰り返す。 声が出にくい。 30分くらい経った頃か。 酸素マスクを外される。 深呼吸する。ちょっと息するのつらい。 が、だんだん慣れてくる。 これで、一つ外れる。 麻酔がだんだん切れてき

手術前日

お見舞いなどは、手術が終わってからにしてくれと連絡しておいたので誰も来ない。 メールでやり取りはしていた。 直前まで仕事のやりとりをメールでしてたので手術に対して余計に考えることはなかった。 お隣さんが退院していった。いいなぁ。 でも、これで個室みたいになった。 今日の夕食から制限がかかり、浣腸して腸の中全部出し切るがそれ以前に出してたので何もでなかった。 看護師さんに浣腸してもらったのだがもう、恥ずかしいなどどっかいってる場合じゃなかった。 看護師さんに「手術がクリスマスって残念ねー。」って別に関係ないっす。 とっとと寝る。

手術の説明

主治医から手術の説明を受ける。 親父を呼んでおいた。今回は妹は呼んでいない。 今までの経緯の説明から症状、原因、手法、リスク、情勢などなど多岐に渡り説明と了承の繰り返し。 実際の参考写真などを見せられる。脊髄や神経の束の実写真。ほんとにスパゲッティーみてーだった。うげー。 糖尿の気があるので感染症のリスク。 糖尿病の怖さ。 失敗した場合には、下半身不随。 手術中に容体が変わった際に輸血する可能性と手術箇所の変更があるなど。 最悪の状況ばかり並べてきた。 正直相当気持ちは落ち込んだ。 あくまで最悪時の状況を説明してくれたのだが、もしかしたらこの後の人生、車椅子生活になるかと思ったほどだ。 首もあるので下手すれば首からしたが麻痺する可能性もないとも言えない。 圧迫している部位を除去するのだが圧迫が無くなっても元に戻る保証はない。 また、以前にも聞いたのだがこれはどうすれば治るのかと。 答えは、「治らない」だった。 数年前までは難病指定されていたが症状によって認定が変わるらしい。 正直「治らない」と言われたとき、頭は真っ白だった。 この病名は、「脊柱管狭窄症」「後縦靭帯骨化症」というものである。 1カ所ならいいのだが背骨全部なので今後どこが骨化するかわからない。 これはもう一生付き合う病気だそうだ。主治医にこれから長いつきあいになると思いますと。 説明も終わり病室に戻って親父と話した。 言ってることは大げさに言ってるだろうと。 まあ、この手に関しては親父の方がさんざ聞かされてきた経緯がある。 母親は心臓病で大きな手術をして余命10年と言われてきた。その後再度手術をするが余病により結局亡くなったが。手術内容などの説明を今回以上に聞かされてのだと思う。 その時はまだ幼かった私にはわからないが。 無理に励ますことなく一言 「なるようにしかならない」 と親父は言った。 その言葉で正直、楽になった。 そうなるではなく、どうなるかわからないが、なるようにしかならないのである。 別に下半身不随でも車椅子で生活すればいいじゃねーか。と思った。 と話てる最中に看護師がきて血糖値測りに来た。 「どうしたの?」と聞かれたw 手術の説明で脅された旨を言ったw その後、親父は 「まぁ泣くなら俺が帰った後で泣い

コルセットの型とり

手術後にコルセットを着ける為に型をとるらしい。 業者が来て採寸していった。 手術後に間に合うかどうかギリギリらしい。 そりゃそうだよな、こう急だと。それに連休だしなぁ。 携帯がTreoのWindowsMobileなのでメールやネットも見られるので連絡は不自由しない。 それに、病院で携帯いじるの御法度的だけど、場所によるみたいで特に病室で使うのは問題ないようだ、ただ通話は、待合室みたいなところでしてくれと言われた。 フロアは車椅子と言われていたが使い方わからないから歩行器であるいたら、後で看護師に怒られた。 手術のことが憂鬱で何も手に付かない。

血糖値を測る

病院のシステムとして患者の管理がシステム化されている。 看護師 が検温や血圧を測りに来る際にはノートPCが載った台車を押してやってくる。 各情報はすべてそのノートから閲覧や登録ができる。そこに担当医からの指示なども書いてあり歩行条件にトイレなどは歩行器で、フロアなどは 車椅子 となっていたようだ。 毎日、3交代くらいで 看護師 が変わる。 血糖値 を朝食前、昼食前、夕食前、消灯時と4回測る。 最初は220くらいありいきなり インスリン を注射された。 最初は180以上で インスリン 投与するようになっていた。

ようやく動いても

隣の人ともなんとか話もできるようになり、また歩行器で歩いてよい状態になったので売店に行って必要なものを買ってこようと思ったのだが、右足は殆ど全体に感覚が鈍ってる。 入院する前より悪くなっている。 左足も指先、足裏、脛、内腿と少し鈍い。痺れのようなものもある。 ちょっと歩くのがつらいが行けるとこまで行ってみようと思った。 途中、 看護師 さんと会うと「あるいてるー」と言われた。そりゃ歩くわい。 病室は4階で売店は2階にあるのでエレベータで行く。ゆっくり歩けば問題ない。 そこで箸、ティッシュ、新聞、コップ、お茶を買って帰ってきた。 これで最低限必要なものが揃ったのでほっとする。 後はテレビを見るための プリペイドカード を買ってくるくらいだ。 とりあえず新聞があるので暇は潰せる。普段よまないコラムまで隅々読んでしまった。 夜、消灯前にお隣さんと話しをして、お隣さんは近いうちに退院のようだった。 自分はこれから1ヶ月くらいまだいる現実に気分も滅入る。

二日目

朝になっても安静状態。トイレ以外は起きてはいけない状態であった。 さすがに朝食は、起きて食べた。 その後、先生が回診に来てよく水分取ってと言われた。 隣の人とはまだ話ができない。 そこへ、 看護師 さんが濡れタオルを持ってやってくる。これで体を拭くのだ。 で、検査着を脱ぎ、背中だけ拭いてもらった。そして、持ってきた着替えに着替える。 点滴は続く。 夕方には点滴終わってたかな。 で、夕飯時にようやく動いて大丈夫と許しがでる。 食事の後に歩行器でフロア内を歩いてみる。 やっと隣の人と話が出来た。 だが、売店などには行けるほどではなかった。 明日、行くかと思い、寝る。はひゃー

入院当日

さすがに寝つきが悪く、寝たのは朝方でほとんど眠れなかった。 10:00までに病院行かないといけないのでシャワーを浴びて、タクシーを呼び病院へ。 まず、入院受付に行き、保証金を払って病室のフロアまで案内され、そこから 看護師 の人に引き継がれる。まず、体重と身長を測ってから病室へ。 病室は、二人部屋であったが、まだだれもいない。もしかして個室同然?と期待したのだが。 病室に入ってから担当の 看護師 がくるのでしばらく座って待っていた。 しばらくして、担当の 看護師 が来た。若! で、入院時の説明を受けた。起床は6時の7時朝食、検温、血圧は10時くらい、昼食12時、18時夕食、21時消灯。 フロアの説明と非常口の説明などよくある説明を受けて、本題です。 今日は、造影剤を入れての レントゲン と CT と MRI の検査をすることになっていた。 造影剤! ちょっと調べておいたのでちょっと不安。多分痛いんだろうなぁ。 で、14時からはじめるそうなので昼抜き。またそのころに来るということなのでそれまで、ぼーとしてる。歩くのつらいし、フロアを探索する余裕もない。 しばらくすると別の 看護師 さんが来て検査着を持ってきてくれた。そしてそれに着替えて待っていてくれてということだった。 すると今度は、点滴をされた。まぁそうか飯食わんのだからなぁ。 それから1時間半くらいかなストレッチャーを持って最初の 看護師 さんがきた。 これに乗っていくらしい。で、ストレッチャーに乗って レントゲン 室まで運ばれる。 どきどきもんです。 しかし、ストレッチャー押すの大変ね。キャシャな 看護師 さんだったのでちょっと心配だったがなんとか到着。 さて、ここから何がはじまるのじゃー。 まず、横向きに寝かされて腰を丸めて レントゲン 映像見ながら造影剤の入った注射をブスっとな。 がーしかーし 背骨の間から神経の入った袋なのか手前なのかに刺すのに隙間がなく入らない。骨にあたって痛いのなんの。それを何回も刺されま した。背中の表面に刺される痛みなんて屁みたいなもんで刺してからまさぐるからも

きびしいー

さて、ようやく専門医に診てもらう日になった。 再 MRI 検査の結果も出ているだろうしと。だが手術かなぁ。 専門医の先生とご対面。  「ん? 杖使ってる?」  「そんなに悪い?」  「ちょっと片足立ちして」  右足では立てない。 MRI の内容を見ると素人でもわかる。背中のあたりにある背骨が飛び出て脊柱を圧迫しているのがよくわかる。また、首にも同じようなものがある。え?首もそうなん?これは予想しなかったことだった。 真上からスライスした画像から脊柱にある太い神経の袋が白く写っている。それが問題の部位で半分黒くなっている。これは圧迫されてつぶれている状態。それが腰にもある。腰は ヘルニア が圧迫していて完全に黒くなっている。普通ならこの状態だと 坐骨神経痛 で痛くて歩けないと言われたが、神経を圧迫しているせいで痛くない状態。 「これは、入院ですね。」 「今日にでも」 ええーマジでー。って予想してただろうに。 で、手術しないとだめです。となりました。 だが、首の方は症状が出ていないようなので今回はしなくて大丈夫だということになったが、まだ断言はできない。問題は腰で ヘルニア が4箇所あるのと痛くないということとすでに溶けはじめているのでほっとけば溶けてなくなるだろうということ。緊急性が高いのは背中の圧迫しているところだということだ。 なので検査してから決めるが早急に手術をしなければならないのは背中ということになった。 だが、今日明日に手術をするレベルではなく1ヶ月以内というレベルらしい。だが、早いに越したことはないらしい。 しかし、ここで糖尿であるということが問題となる。しかも、まだ未知数の状態なので手術に リスク が伴うというのだ。 糖尿病 だと通常の人の5倍から10倍の 感染 率になるらしい。とても怖いことなのだ。 だがしかし、血糖コントロールを通常までにするのを待っているほど時間はない。そこで、手術までに 血糖値 を下げるようにコントロールしてその状況で手術を実行するかの判断をするということになった。また、年末年始なので手術の予定が立てにくいらしい。手術助手のスケジュールやベッドの手配などあるので手術の日取

糖尿病の検査

今日は、糖尿の検査のひとつで 肝臓 と 膀胱 のエコー検査。 尿は溜めてきてください。ってちょっと難しいよ。すでに排尿、排便コントロールが難しくなりつつある状況だったのであまり溜めていくことができなかった。 エコーなので 妊婦 がよくやるあのエコー検査だと思っていた。 まぁそのまんまだったが、暗い部屋で女医がぬるぬるしたものを塗りエコーの機械をあてがう。 で、息吸ってー、止めて。を繰り返す。案の定、尿あまり溜まっていませんねと言われてしまった。  で、終わり。次の予約などはないのでいつくりゃいいのじゃーと思ってしまった。 このあたりは困るよな。やっぱり予約かもしくは時間を決めなくてもいいけど日どりは決めてほしい感じです。でないと来ても違う先生になりそで。

歯医者へ

歯茎の状態と多少の消毒をして終わり。 で、病院に行ったことを話し、手術するかもしれないことを伝えた。 神妙な面持ちになられてもなぁ。という感じでした。

再度MRI検査

また、 立川 まで、 MRI を撮りに行くことになった。 今度は、どうやって行くか考えた。 さすがに歩くのが厳しくなってきたので階段を使わないようにいけないか調べた。 京王線 は90%近くエスカレータやエレベータがあるようだ。うちは、 京王多摩川 なので 稲田堤 で乗り換えて 立川 に行くのがいいのだが 京王稲田堤 から 南武線 の 稲田堤 まで歩かないといけない。さてどうしよう。 京王線 分倍河原 で乗り換えるほうが無難か。と結論は今日の朝にした。 時間帯から考えるに少しでも通勤方面の逆に行きたかったので 稲田堤 で乗り換えることにした。  がしかしこの判断は大間違いだった。 歩くのはなんとかなった。だが、 南武線 の 稲田堤 で 立川 方面には線路を高架で渡らないといけないのだ。 なんだそれと思った。駅改札は線路を渡って 川崎 方面側しかないのだ。ガーン! で、エレベータなんぞありもしないしエスカレータなんて陰も形もない。仕方ないので階段を上りました。しかし、とてもしんどい。これまずい ぞ。下りるときはもっと大変。もうすでに1段1段慎重に下りるしまつだ。下りてベンチに座って電車を待っていたがこれ電車乗れるかなと不安になってきた。 しかし行かないわけにはいかずちょっと混んでたけどなんとか乗る。で、扉のところでもたれかけて立つようにした。しばらくして 分倍河原 あたりで降りる人が多くやっと座れた。 こういう状況にならないと不自由な人の気持ちはわからないんだと痛感した。 お年寄りや、体の不自由な人の大変さを身にしみる。若いねーちゃんが平気で優先席に座っている。松葉杖をしてる若い兄ちゃんが目の前にいても平気。何も感じねーのかねー。でも自分がその立場になるとなんで席を譲ってくれないのと思うのだろうな。 そんなこんなでやっと 立川 に着いた。今度はエレベータを使う。がしかし以外と利用者が多い。 ベビーカー を押しているお母さん達や老人?中年?んー微妙。 で、ちょっと早かったが受付を済ませて待つこと1時間で再度問診、更衣室、 MRI 室と検査を終えて 立川 の駅ビルに入る。で、こんな状況にもかかわらず

MRIの結果

MRI の結果も出ていることで再度整形外科へ行く。 そこで、やっと状況が見えてきた。 「これは、手術になるかもしれないよ」 すでにそうだと思っていた。これは入院、手術だと。なのでこの病院にしたのだ。 設備面や入院時の状況として古い病院には行きたくないと思ったからである。 今から25年前にも入院をしたことがある。それも整形外科だったのだがそのときは、足の筋の断裂により入院と手術をされた。そのときは下半身麻酔で10針程度の切り口だった。 入院。予想していたがそれでも気分はよくない。 仕事とかどうするかを考えさせられる。 だが、この時点で結論が出たわけではなかった。 MRI の結果は、脊柱の神経を背骨から伸びている軟骨が圧迫しているというものだった。 また、腰の部分に ヘルニア が4箇所もあり、さらに首の近くにも圧迫されているところがあるというのだ。たしかに数年前に腰が痛くて会社の近くの整形外科に行って診てもらったことがありその時はヘルニアとまではわからなかったが骨がとがってると言われた。(追記:これが兆し) ただ、今回の MRI では首のところまで撮ってないのでなんとも言えない。そこで再度首のところを MRI 検査することにもなり、専門医にバトンタッチすることになった。これで、初診からすでに2週間半ほど時間がたっている。初診の段階で MRI をしてくれよと言いたかった。状況を説明したにもかかわらずただの腰痛だと思ったのだろう。このあたりは若い医者だなぁと思ってしまう。 まぁ不満を言っても仕方ない、専門医に見てもらうことになり、また原因がわかったことでよしとする。 翌日 MRI を撮りに行くことになった。

栄養士相談

予約していた 栄養士 相談を受けに病院へ。 食堂の一角にある個室へ案内されて 栄養士 の方とお話。 前回の診察時に1日のカロリーを1800と言われたのでそのことについてどいういうふうに食事をすればいいのかまた、ここ3日の食事内容からどういうふうにしていけばいいかを説明された。 本を見せられてこれはどのくらいのカロリーがあるのかを説明されたり、 80kcalを1単位とする計算とか説明を受ける。 カロリー計算などで検索してみればたくさん出てくるね。 この時はとりあえずカロリーを制限することを考えてはいたがちょっと甘い考えをもっていた。